東京地方裁判所 昭和27年(ワ)6034号 判決
原告 株式会社日本海事新聞社
被告 海事新報社こと三厨正
一、主 文
被告はその刊行する週刊海事新報につき週刊海事新報なる商標を使用してはならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、訴外大山恵佐は昭和二十五年六月以来日本海事新聞社なる商号の下に海事に関する新聞その他の出版物刊行の事業を経営し、同月十九日特許庁に対し「海事新報」なる商標を第六十六類新聞及び雑誌を指定商品として登録出願し、(出願番号同年商標登録願第一四、二六五号)、昭和二十七年六月十三日、第六十六類新聞を指定商品として登録第四一二、五七二号をもつてその登録を受け、茲に上叙商標権を取得したものなるところ、他方、昭和二十六年六月二十五日一、海事に関する日刊新聞その他の出版物の刊行一、海事に関する事業、一、前各項に附帯する一切の事業をすることを目的とする原告会社の設立登記が為され、訴外大山恵佐はその代表取締役に就任し、昭和二十七年六月二十日前記商標権を自己の営業と共に原告に譲渡し、同年九月十日右商標権移転の登録を経由した。然るに、被告は昭和二十五年十月頃から海事新報社なる商号の下に「週刊海事新報」と称する新聞を刊行し今日に及んでいるが、「週刊海事新報」なる商標は原告が商標権を有する前記商標と類似し同一の商品に使用するものであるから、該商標権を侵害するものであること明白であるから原告は被告に対し右週刊海事新報なる商標の使用禁止を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の主張事実に対し、原告会社代表取締役大山恵佐の原告会社に対する本件商標権並びにその営業の譲渡については昭和二十八年六月二十三日の取締役会においてこれを追認し、更に昭和二十八年八月六日の株主総会においてこれを追認したから右譲渡は有効である。なお、右取締役会には取締役全員出席しており、全員一致により右譲渡を承認したものであるから、右決議は有効である。又訴外大山恵佐は右取締役会において右決議につき特別の利害関係を有するものとして議決権を行使してはいない。仮に同訴外人が議決権を行使したとしても、同訴外人の議決権を除外しても決議の成立を妨げないこと明らかであるから右決議は有効である。仮に取締役会の決議に何等かの瑕疵があつたとしても、昭和二十八年八月六日原告会社の最高機関である株主総会において右譲渡承認の決議が為されたから取締役会における右瑕疵は治癒される。従つて右譲渡は有効である。仮に然らずとするも、昭和二十九年四月十六日の取締役会並びに同月二十八日の株主総会において更に本件商標権並びにその営業の譲渡を追認したからこれが譲渡は有効であると述べ、更に被告の主張事実に対し右営業の譲渡は営業の主体を変更するだけで営業自体は主体変更の前後を通じ同一営業としてそのまま存続せしめるもので右譲渡により営業が全然消滅するものではないから本件商標権は消滅しない。又訴外大山恵佐は海事に関する新聞その他の出版物の刊行を目的とする営業を経営し、その営業に係る商品であることを表彰するため「日本海事新聞」その他数個の商標権を有していたのであり、本件商標権はそのうちの一個であるが、同訴外人は本件商標権を右営業と共に原告に譲渡したものである。従つて本件商標権の譲渡はその営業と共に為されたものということができるから右譲渡は有効である。次に商標が商標法第八条にいわゆる商品の普通名称を表示するものであるか否かは該商標が普通一般の取引上広くその商品の名称として称呼せられるものであるか否かによつて決せられるものであり、畢竟いわゆる普通名称とは或商品につき現に一般的に慣用せられ具体的に実存する特定の称呼を指すのである。従つて一個の商品には一個のみが存在し得べく数個の並存はありえないし又固より将来斯々と称せられるに至るべしとする観念上の称呼でもなく或は斯々と称するを最も適当であると為す理想上の称呼を意味するものでない。然るに本件において海事に関する新聞の普通名称としての海事新報なる特定の称呼が取引上一般に慣用せられる事実は認め得られない。今仮にこの種の新聞につき新たに命名するとすれば前記海事新報の外海事新聞、海事時報、海事特報等々の称呼を選び得る如く海事に関する新聞についての一般的な普通名称なるものは未だ成熟するに至らないものであるから、被告の発行する新聞に使用中の「週刊海事新報」は商標法第八条にいわゆる普通に使用せられる方法をもつて商品の普通名称を表示するものということはできないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求はこれを棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中訴外大山恵佐が昭和二十五年六月以来日本海事新聞社なる商号の下に海事に関する新聞その他の出版物刊行の事業を経営していたことは不知、訴外大山恵佐が昭和二十五年六月十九日特許庁に対し海事新報なる商標を第六十六類新聞及び雑誌を指定商品として登録出願し(出願番号商標登録願第一四二六五号)、昭和二十七年六月十三日第六十六類新聞を指定商品として登録第四一二、五七二号をもつて該商標権の登録を受けたことは認める、昭和二十六年六月二十五日原告主張の如き事業を目的とする原告会社の設立登記がなされ、訴外大山がその代表取締役に就任したことは不知、訴外大山が昭和二十七年六月二十日前記商標権を自己の営業と共に原告譲渡したこと及び「週刊海事新報」なる商標が原告主張の商標と類似し原告主張の商標権を侵害するものであることは否認すると述べ、仮に原告会社代表取締役訴外大山恵佐が原告会社に対し本件商標権を譲渡したとしても、右譲渡については取締役会の承認を受けていないから、右譲渡は無効である。従つて、原告は本件商標権者ではないと述べ、仮に昭和二十八年六月二十三日の取締役会において前記商標権の譲渡を追認したとしても、原告は取締役会開催に当り取締役全員に対し適法な取締役会招集通知を発して居らず、しかも当日の取締役会には小湊健一を初め鈴木公毅、平林愛策等の取締役は出席していないのであるから右取締役会の決議は無効であり又右取締役会においては右決議につき特別の利害関係を有する訴外大山恵佐が議決権を行使しているからこの点からするも右決議は無効である。仮に右決議が有効であるとしても、右商標権並びに営業の譲渡は取締役会の追認のときより将来に向つてのみ効力を生ずるものと解すべきところ、訴外大山恵佐は昭和二十七年六月二十日原告に対し本件商標権を営業と共に譲渡するや右営業譲渡が有効に為されたものとして直ちに自己の営業を廃止した。然るに右商標権の譲渡は前叙の如く取締役会の追認により右営業廃止後である昭和二十八年六月二十三日に至り初めて効力を生じたものであるから本件商標権は昭和二十七年六月二十日商標権者たる右大山恵佐がその営業を廃止すると共に消滅したものである。仮に被告の右主張が理由がないとしても、本件登録第四一二、五七二号「海事新報」なる商標は登録第四一二、五七一号「日本海事新聞」なる商標と連合の商標であるが、本件商標は未だ使用されたことなく、該商標により表彰すべき商品に係る営業は未だ嘗て存在しなかつたのであるから、訴外大山より原告に対する営業譲渡なるものはあり得ず、従つて本件商標権の譲渡はその営業と共に為されたものといえないから、原告はこれにより本件商標権を取得しない。仮に然らずとするも、原告の有する本件登録第四一二、五七二号商標は「海事新報」の文字よりなり第六十六類の新聞を指定商品とするものであるが、右商標は如何なる営業者から出ているものであるかを認識せしめ得るものではなく、ただ単に他の異なる種類の記事新聞紙と区別せしめるに止まる程度のものに過ぎない、苟も海事に関する新聞を何人かが発行するとすれば本件商標の「海事新報」の外原告が登録しているその他の商標即ち「海事新聞」「新海事新聞」等以外には適切なる商標は存在しないであろうし且つ又それ等の商標は登録されても海事に関する新聞を発行する他の者がこれを使用するとしても普通に使用せられる方法をもつて商品の普通名称を表示したものとしてその商標の使用者に対しては右商標権の効力は及ばないと解すべきところ、被告の発行する新聞紙に使用中の「週刊海事新報」なる商標は海事に関する新聞たる商品を表示する通常のものであつて、ただ単にその普通名称を表示しているに過ぎないから、原告の有する本件商標権の効力はこれに及ばない。仮に被告の右主張が理由ないとするも、本件登録第四一二、五七二号商標「海事新報」は第六十六類の新聞を指定商品とし昭和二十五年六月十九日登録出願昭和二十七年六月十三日登録されたものであるが、被告は昭和二十五年十月二十三日以後その発行する新聞紙に「週刊海事新報」なる商標を使用して居り、被告の使用している右「週刊海事新報」とは全く類似しており、その取扱商品は共に新聞であるから取引者又は需要者をして商品の誤認又は混同を生ぜしめる虞があるから、本件登録商標法第二条第一項第十一号の規定に違反する登録であり、又被告は前叙の如く昭和二十五年十月二十三日以後「週刊海事新報」なる新聞を発行し、該新聞は業者のみでなく広く世人に知られており、従つて本件商標はその登録前においてすでに同種の商品に用いられる類似の商標にして取引者、需要者間に周知なるものの存在するに拘らず登録されたものであつて商標法第二条第一項第八号の規定に違反しており、又本件商標は特別顕著性がないからこれが登録は商標法第一条第二項に違反しており、以上いづれの点よりするも、本件商標の登録は商標法第十六条第一項第一号により無効とすべきものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
証人提雄三郎、鈴木公毅の証言及び原告会社代表者大山恵佐の本人尋問の結果を綜合すれば訴外大山恵佐は昭和二十五年六月以降日本海事新聞社なる商号の下に海事に関する新聞その他の出版物刊行の事業を経営していた事実を認めることができ、訴外大山が昭和二十五年六月十九日特許庁に対し「海事新報」なる商標を第六十六類新聞及び雑誌を指定商品として登録出願し(出願番号昭和二十五年商標登録願第一四、二六五号)、昭和二十七年六月十三日第六十六類新聞を指定商品として登録第四一二、五七二号をもつて該商標権の登録を受けたことは当事者間に争がない。而して、証人提雄三郎、鈴木公毅の証言及び原告会社代表者の本人尋問の結果によれば昭和二十六年六月二十五日海事に関する日刊新聞その他の出版物の刊行、海事に関する事業、前各項に附帯する一切の事業をすることを目的とする原告会社の設立登記が為され、訴外大山恵佐がその代表取締役に就任した事実を認めることができ、証人提雄三郎の証言により真正に成立したと認める甲第二号証、成立につき争のない甲第三号証並びに同証人の証言及び原告会社代表者の本人尋問の結果を綜合すれば訴外大山は昭和二十七年六月二十日右商標権を自己の前記営業と共に原告に譲渡し同年九月十日右商標権移転の登録を経由した事実を認めることができる。被告は右譲渡は原告会社の取締役会の承認を受けていないから無効であると主張するのでこの点につき判断するに右譲渡につき前記取締役会の承認を受けたことを認めるに足る何等の証拠もないから右譲渡につきこれが承認を受けなかつたものということができる、併し、原告は右譲渡については昭和二十八年六月二十三日の取締役会及び同年八月六日の株主総会においてこれを追認したから右譲渡は有効であると主張し、被告は仮に右取締役会において右譲渡追認の決議が為されたとしても右取締役会の決議には瑕疵があるから右決議は無効であると主張するのでこの点につき審究するに、甲第四号証並びに証人提雄三郎の証言及び原告会社代表者本人の供述を綜合すれば昭和二十八年六月二十三日原告会社の取締役会が招集せられ右取締役会において右譲渡を追認する旨の決議が為されたことを認め得るかの如くであるけれども、証人鈴木公毅、小湊健一の証言を綜合すれば同証人等は孰れも原告会社の取締役であるが右取締役会に出席せず殊に小湊健一は右取締役会の議事録に署名捺印しなかつた事実を認めることができるのに拘らず甲第四号証(取締役会議事録)には右両名共出席した旨記載せられ而も小湊健一の署名捺印の存する事実に徴すれば右甲第四号証は真正に成立したものと認め難く又証人提雄三郎及び原告会社代表者本人のこの点に関する供述はこれを措信することはできず、その他前記取締役会が招集せられ前記決議がなされたことを認めるに足る証拠はない。原告は取締役会の決議に瑕疵があつたとしても昭和二十八年八月六日原告会社の最高機関である株主総会において右譲渡承認の決議が為されたから右譲渡は有効であると主張するにつき按ずるに、証人提雄三郎及び原告会社代表者本人の供述並びに該供述により真正に成立したと認める甲第六号証によれば昭和二十八年八月六日原告会社の臨時株主総会が開催せられ右総会において原告会社代表取締役大山恵佐より昭和二十七年六月二十日原告会社に為された本件商標権並びにその営業の譲渡を追認する旨の決議が為された事実を認めることができるけれども、右承認は取締役会が為すものであつて、株主総会が決議をもつて為し得べきものではないから、事後において株主総会が右大山の前記譲渡を追認しても右譲渡が有効となるものということはできない。然し乍ら証人鈴木公毅の証言により真正に成立したと認める甲第十二証号並びに同証人の証言によれば昭和二十九年四月十六日の原告会社取締役会において前記譲渡を追認めることができるから右譲渡は結局有効であるといわねばならぬ。被告は本件商標権並びにその営業の譲渡が有効であるとしても、訴外大山恵佐は昭和二十七年六月二十日原告に対し右商標権並びにその営業を譲渡するや右譲渡が有効に為されたものとして直ちに自己の右営業を廃止したところ、右譲渡はその後前叙の如く取締役会により追認せられ該譲渡は追認の時より将来に向つてのみ効力を生ずるものと解すべきであるから右商標権譲渡の効力が生ずるまでに本件商標権は右大山の右営業の廃止により消滅したものであると主張するのでこの点につき考えてみるに、原告会社の代表取締役である大山恵佐が取締役会の承認を得ないで自己の本件商標権並びにその営業を原告会社に譲渡する行為は無権代理の場合に準ずべきものであつて、取締役会が民法の規定に従い前叙の如く後日に至りこれを追認したときは右譲渡行為は特別の事情なき限り行為の時に遡つてその効力を生ずるものと解するを相当とするから、右譲渡が追認の時より将来に向つてのみ効力を生ずることを前提とする被告の右主張は他の点に関する判断をするまでもなく失当であるからこれを採用しない。次に、被告は本件「海事新報」なる商標は「日本海事新聞」なる商標と連合の商標であるが、本件商標は未だ使用せられたことなく、該商標により表彰すべき商品に係る営業は未だ嘗て存在しなかつたのであるから、訴外大山より原告に対する営業譲渡なるものはあり得ず、従つて本件商標権の譲渡はその営業と共に為されたものといえないから、原告はこれにより本件商標権を取得しないと主張するので、この点につき判断するに、訴外大山恵佐が昭和二十五年六月以降日本海事新聞社なる商号の下に海事に関する新聞その他の出版物の刊行を目的とする営業をしていたことは前記認定の如くであつて、前示甲第三号証及び原告会社代表者の本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第五号証の一並びに原告会社代表者の本人尋問の結果によれば右大山恵佐は右営業に係る商品であることを表彰するため「日本海事新聞」その他数個の商標権を有しており、本件商標権はそのうちの一個であることを認めることができるから、本件商標により表彰すべき商品に係る営業は存在していたものということができる。たゞ本件商標が原告に譲渡前使用せられたことについてはこれを認めるに足る証拠はないから右大山は未だ本件商標を使用しなかつたものと認めざるを得ないけれども、右商標の不使用はその登録取消の事由となる場合はあるが(尤も本件商標が「日本海事新聞」なる商標と連合の商標であることは被告の自陳するところであり、右連合の商標である「日本海事新聞」なる商標を大山恵佐が使用していたことは被告の明らかに争わないところであるから本件商標を一定期間使用しなかつたとしても商標法第十四条第一号但書により本件商標の登録の取消請求も許されないであろう)商標を使用しないからといつてその営業が存在しないということはできないし、本件商標については前記認定の如くその営業が存在しており、本件商標権は右営業と共に原告に移転せられたのであるから被告の右主張はこれを採用しない。更に、被告は本件商標は「海事新報」の文字よりなり、その表示方法に何等特異性なく、単に文字称呼をもつて商標とし、第六十六類の新聞を指定商品とするものであるが、右「海事新報」なる語は海事に関する新聞の普通名称に過ぎず、而も被告がその発行する新聞紙に「週刊海事新報」なる文字を使用するのは普通に使用せられる方法ということができるから、商標法第八条により本件商標権の効力はこれに及ばないと主張するので、この点につき按ずるに、商標が商品の普通名称を表示するものであるかどうかは該商標が普通一般の取引上広くその商品の名称として称呼せられるものであるかどうかによつて決せられるものと解すべきところ、海事に関する新聞の普通名称として「海事新報」なる特定の称呼が普通一般の取引上使用せられていなことは明らかであるから被告の右主張は他の点に関する判断をまつまでもなく失当であつてこれを採用することはできぬ。次に、被告は本件商標は商品の誤認又は混同を生ぜしめる虞あるものであり、取引者又は需要者の間に広く認識せられる他人の標章と同一又は類似であつて同一又は類似の商品に使用するものであり又特別顕著性がないから本件商標の登録はこれを無効とすべきものであると主張するけれども、苟も商標にして登録せられた以上は商標権存立し、その登録を無効とすべき原因がある場合でも、その登録無効の審決がなければ商標権の効力に何等の影響を及ぼすものではないから被告の右主張はこれを採用しない。而して被告が昭和二十五年十月頃より海事新報社なる商号の下に「週刊海事新報」なる新聞を刊行し今日に及んでいることは被告の明らかに争わないところであり、原告が商標権を有する「海事新報」なる商標と被告の刊行する前記新聞の「週刊海事新報」なる商標とは全然同一とはいい得ないけれども、その主体は孰れも「海事新報」なる文字であり、その外観、呼称、観念の点からみて孰れも紛らわしく類似していることは一見明らかである。然らば原告の有する本件商標権の効力は被告の右刊行に係る前記新聞の商標に及び被告が右商標を附した新聞を刊行する行為は原告の商標権を侵害するものということができるから、原告は右行為の禁止を請求し得るものといわねばならなぬ。仍て原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八十九条第百九十六条を適用し主文の如く判決する。
(裁判官 門田実)